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リーマン


予想だにしなかった出来事と言うのはあっけなく、それも唐突にやってきた。

小野妹子は朝目覚めると自分は家に戻っていることが不思議でならない。確かに最後路上で寝たという記憶は覚えているし腰や肩や首が痛いのはこの所為だろう。しかし、その後自分の家に戻って来たという記憶が曖昧過ぎて、起き上ったが数分間何も動けずにいた。それでも休むことは出来ないし休もうとも思わないので、活動していない脳をフル回転させゆっくりと身支度に時間を費やする。

妹子の朝食と言うのはコンビニで買えるようなウォーターゼリーである。不健康だが朝は腹が空かないため、簡単に飲めるようにそれでいて活動できるような朝食が、妹子には最も適していると言えよう。
電車を乗り継ぎバスに乗り後は猛ダッシュで仕事場に駆け寄った。自分は体力だけには自信があり、中高と陸上で鍛えたこの足とスピードならすぐに追いつくことができる。同僚の河合曽良は妹子よりも早く来ることが多く、デスクとよく睨み合いしているのは皆知っている。クールビューティーと女性員からは人気であり、男から見ても整っているその顔は無愛想に妹子を見た。すぐに視線をパソコンに映しながら妹子はにへらとはにかんだ。曽良もそうだが妹子も優秀であるし、仕事熱心でまっすぐな男であり顔も男と分かる凛々しい趣をしていて輪郭も整っている。妹子も少なからず女性員からも人気であるが、本人の全然気付いていない鈍感っぷりは職場の男たちにからかわれる内容である。曽良も人気ではあるがブリザードが拭いてる為近寄ろうとする者はいない。が、曽良の上司の松尾芭蕉だけは例外であった。
整っている顔と言えば自分の上司である聖徳太子も含まれている。サラサラと少々長い黒髪は風に揺られて太子は窓を見つめる。黙っていれば凄いいい男なのに何処か惜しいのが悔やまれる。あの人はあの人でただ自分の人生を謳歌しているだけなのだが、その理論を自分にぶつけないでほしいと言うのが本心だ。
妹子は太子の近くに寄り当たり前のように声を掛けた。いつもはしていない赤い眼鏡をかけておりばしばしと長い睫毛が上下に動く。
「あれ、妹子じゃないか」
「あれとは何です」
「んー、あっ、そうだ妹子!お前この企画書に目を通しててくれ!」
「はぁ!?」
妹子がうねりを上げると太子は解放されたかのように軽快なステップで去って行った。いつもの事ながら実に腹立たしい。そう呟いて太子から託された企画書を自分のデスクまで持って行き、目を通す。

あれ、なんだ、これ。

字もこの企画の意味も理解できた。しかし肝心の事が難しく自分の中の頭では到底理解できない物が長々しく書かれている。企画書には数字も入っており慎重に解いて言ってるようだ。多分予算の問題の計算であろうが、高校から大学まででこんな計算式を習った事がない。始めてみるそれに妹子は驚きと一緒に自分の中に膨大な嫉妬が生まれていく。どうしてこんなことが出来るんだ、そういう醜い嫉妬が不安とともに身を襲う。尚且つこんな素晴らしい技術があるのにどうして言ってくれなかったんだ、という怒りは自分に紅蓮の炎を巻き起こした。羨ましい、羨ましい。
妹子の中は羨望と苛立ちの両方で埋め尽くされていた。太子と言う存在が自分を遥か超越した存在だと言うのが妹子の中で理解できない、否理解したくなかった。同僚から聞かされた『社長の太子』は自分の理想像そのものであり少し違えど、本物は確かに理想した男である。嬉しさと悲しさが一気に自分を襲う。吐き気で口元を押さえながら妹子は目の前の企画書に触れようとしたがふいに「触れてはいけない」と感じて。
「妹子?」
太子の心配そうな声が、頭に浸透してきた。すみません太子、僕アンタの事が羨ましくてしょうがないんです。
完璧な存在が身近に居てそれを羨ましいと感じる事が、いけない事なのだろうか。そう思った時に見た太子の顔は酷く凛としているように見えた。
「妹子ー?おーい」
太子が妹子の顔の近くで手を左右に振る。その動作を見ながら、妹子は太子の腕を掴み思いっきり引っ張った。年相応の割に非力な男はぐらりとバランスを崩し妹子の方へ倒れ込んむ。妹子は満足そうに顔を笑顔にさせ太子の腹に思いっきり拳を突き付けた。ぐふ、と太子から空気の漏れる音がして妹子は大きく息を吸う。
「い、いもこ・・・?」
半涙目の男は腹を押さえながら妹子を見あげる。自分のが立場が上だと言うのに目の前の男から感じる威圧感と言えば恐怖その物だった。
「太子、これからアンタの面倒は僕が見ますんで!」
ぐっと力を込めた拳を見て太子は泣きだしてしまいそうになる。その言葉に一度静まり返った社内は拍手で埋め尽くされた。太子はその音を聞いてとうとう涙を一粒零してしまったのである。


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