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りく


自己主張の激しい色々な種類のある機械の中に、隅の方に一つだけ哀愁の様なものを放っているそれがあった。周りの売れている機械があるというのに、それは他の艶やかなパッケージとは程遠いものだった。悪く言うならば寒色過ぎる、よく言うならばシンプルで俺はゆっくりとそれを手に取った。新品とは言い難いそれを気に入り電機屋の店頭に持っていくと、物珍しそうな顔をしている店員がそれを手に取り安堵をした表情になっている。「それ、もう開発されてない奴なんですよ」そう言った壮年の店員に「そんなに、人気ないんですか」と聞くと店員は一度目を見開いて微笑んだ。「逆ですよ、生産がされてないんです。その機械の開発は最初の試作品として作られたんです。最初だから扱いも難しいですしどんどんそれを売る人が多くなって来て、今ではもう数少ない『幻』の作品になっているんです」「そんなものが、どうしてここに?」「それは・・・、私が好きだったんです。その開発担当者が私の父でね、扱いが難しいから出来ないと言ったバッシングをちゃんと受け止めて。もう他界しているんですが、それを店に置いておくのが使命だと思って、そして今日貴方が買ってくれた。父も私も喜んでいます」そう言った店員に見送られながら都会の一角である電機屋を出て、俺は歩き出した。


家に帰るとまずパソコンの電源を付ける。綻びも無数に存在する古いそのパッケージを強く抱きしめ、ディスクを取り出しパソコンに挿入した。開かれる画面は年期を帯びているかの様に、色褪せているような気がしたが早速動かしてみる事にした。

けれど早々に動かせられるかと言われれば無理な話であり、一言喋らすだけでも調べていたら五分以上かかり「あ」という母音を打ち込むと、そのアプリはまるで声のようにその言葉を吐きだした。高い位置に置いていると言うのにそれは低く、少し機械音に近いがそれでもいい声と言わざるを負えない。俺は呆気に取られ一瞬でこのアプリに心を奪われてしまったようだ。それから取りつかれたようにパソコンの画面だけを見つめ、マウスを動かした。


俺は一日を丸々使い慣れようと勤しんだが無理な事は当然見えていて、今日はオフだった為外に出る事にした。ただ、足が向かっているのはこのアプリの所謂「声」を担当している男の家だった。その男の家に付くと、中から少し年上に見える男性に目を見開いたのだ。パッケージに描かれているアプリのイラストから出て来たように、目の前の男は同じ姿形をしている。「『SHIZUO』・・・?」愕然としている俺を見て目の前の男は少し考えてから何かを思い出したのか、そうか、と嬉しそうな顔をした。「お前、あれを見たのかよ」乱暴な口調だったが声から分かるように嬉しそうであり、「俺はそのモデルになった、平和島静雄だよ」と少し恥ずかしそうに笑う。俺はなんとも言えずただ頷きを繰り返すだけだった。つまり、この男は「『SHIZUO』は本人をイメージされて作られたって事?」この男は『SHIZUO』本人という事だ。

「俺は所謂パソコンを作る機械を作っていた会社員でよ、たまたまそのオファーが来て受けたら、まんま『俺』が出来たんだよ」筋は通っていると言えば通っているが、パッケージで見る賢そうな雰囲気はまるでなく、何処か横暴の様に見える。未だほけえとしている俺にデコピンを喰らわしてから、とても意地悪そうな顔をして言うのだ。 「俺を使いこなしてみろ」と。



『SHIZUO』当人に会ってから、もう一ヶ月は過ぎただろうか。俺が曲を作り始め動画サイトに投稿してから、多くのユーザーが『SHIZUO』のリメイクを求めるという声が広まり、来年の夏にはそれが発売されるとの事で俺の心は舞い上がっていたが、古びたパッケージ、古びたディスクに俺はまだ夢中になっている。そんな様子を見に来た友人は、そんな俺を見て言った。


「まるでお前は、『SHIZUO』に恋をしているみたいだ」


その友人に、俺はもう出会ったころからこいつに恋をしているよ、と笑った。


アプリに恋い慕う人間

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