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霧狩


小さい頃、狩屋は耳鳴りを訴える事が多かった。耳鳴りは他者との距離を数歩以上開けている狩屋にとって、時折煩くとも、便利だと小さい頃は思ったものだ。昔はその音が幽霊か妖怪がわが身を襲い喰らうのだと、子供がサンタクロースはソリに乗ってトナカイと来るのと似たように、疑心の欠片も無く本気で信じていたが、母はあの痩せ細った青白い顔で、それはパレードの音だと、狩屋の頭を撫でた。


母がそう言ってから約半年、蝋燭に灯った日を吹き消す様に、命というのは消えて行った。本当に半年ちょっとで呆気するほど簡単に、拍手を一回打ったように、母はぽっくり死んだ。寿命だった。あの日から、パレードの音は煩わしいぐらい大きく、まるで周りを遮断するかのように、ぴいぴいと音色は延々と鳴り、休符が見えないのか終いには、寝る時でさえ聞こえる始末。パレードの音は母の死で悲しむ自分を慰めるように、もしくは嘲笑うように、鳴り響いた。
「霧野先輩」
狩屋は、ベンチで寝転がる霧野という、中学男子にしては女のような目の大きさで、筋が通った鼻をし、女顔にしちゃあ女顔過ぎるその霧野に、自分の耳を摘まんで、上司を喚問する部下のように荒々しくも礼儀正しい口調で言った。「先輩は、耳鳴りとか感じた事あります?」霧野は呆気にとられたような顔をして口を開けたが、狩屋の仕草に釣られたのか自分の耳を摘まんだ。「うーん、あんまりないな、時折するけど、ほんと時折しかねえかんなあ」「へえ」勿論、霧野の返答に期待なんぞしていない狩屋は、興味が無さそうに言葉を放る。「先輩が羨ましい」と小さく、赤ん坊をあやすかのように優しく告げる。「え?」霧野が聞き返しても、狩屋は素知らぬ顔で俯いている。正しく言えば、耳鳴りの所為で聞こえないのだが。「なあ」霧野はどんよりとした空気払う様に、狩屋の肩を掴んだ。「なあ、今週末、ハロウィンだろ。部活皆で仮装パーティーしないかって、一年の松風が提案してな、俺もヤル気なんだけど。パレード、一緒に行かないか?」狩屋はゆっくりと目を見開く。「あ・・、の。なんて?」本当は聞こえている。ただ最後の言葉が、自分の心臓に杭を刺したそれを、引き抜いてくれるような、奇妙であり歓喜するほど待ち望んでいた言葉を、目の前の男子にしては綺麗すぎるその人間が、河川敷に当たる夕暮れのオレンジの日差しを浴び立ち上がり、芝生に寝転ぶ自分を見る為に振り返り手を差し伸べながら、言った。

「パレード、一緒に行かないか?」

差し伸べられた手を振り切る情念も、延々と鳴り続けた耳鳴りが遠退いた事も忘れて、ただ、綺麗なそいつに、目を奪われてしまった。手招きしていたパレードの音は、十数年も掛かってようやく、パレードが見えた事に泣きじゃくったのか、自然と涙が頬を伝う。先輩の心配する声が、何も障害もなく聞こえたのに、またしゃっくりを繰り返して泣いた。


救済パレード


11.10.29 如月

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