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忍足は大事なものを作らない主義だ。血縁関係は切っても切ってもいつの間にかよりを戻してしまうのだから、それを差し引いても、大事なものを作るのは結構滅入る作業で、考えても考えても忍足にとって大事なものというのが浮かぶ事は無かった。使い古されたテニスラケットは、自分に使いやすいものになったが、万が一壊れたとしても、最新のよくできたテニスラケットを買えば終いになる。それはシューズも、ユニフォームも、筆記道具も教科書類も、ゲームも本も、分け隔てなくその理由になった。それは自分の部屋の全てを構成しているのだから、自分の部屋にそういう大事なものは存在していない。テニスも、それに入る。大学生まで続ける気は無い。プロになろうとも考えた事はない。父親が引いた医者のルートを、時折外れながらも、歩いてきた。それに、チームメイトと自分の将来を天秤にかければ、躊躇わずチームメイトを捨てるだろう。忍足は自分が嫌いになるほど、屈折した人間である。
隣の男から、アルコールの臭いと煙草の臭いを混ぜた様な、一言で言えば吐き気がするほど臭い息を吐きながら、忍足の肩を掴み離さない男に、いい加減飽きて来たし何より面倒臭くなっていた。簡単な相槌を打てば、男はアルコールで頭も呂律も回って無いくせに、評論家のようにべらべらと勤務先であろう会社の愚痴を零して、余程正当化したいのか疑問を尋ねている。忍足はそのまま、店主に頭を下げて、居酒屋を男と一緒に後にする。男はごめんねえ、と、語尾を伸ばしながら道路の真ん中で言った。「気にしないで下さい」と忍足が口にすれば、男は顎を掴み目を見開く忍足を視界に捉えないまま、五臓が暴れ狂うよな汚いキスをする。(くっさ、)舌を舌で愛撫する男に忍足は少なからず抵抗したが、可愛い反応だと思われたようで、男は腰に手を回した。(こいつ、中学生相手になにしとんねん、気持ち悪いわぁ)忍足は長いキスと、一通りが少ないとはいえ、誰かに見られると危ない状況なので、思いきり相手を突き飛ばしていつものように、もう逢瀬はしない、と言う。見開いて縋る様な馬鹿な大人を見下ろしながら、細い道を速足で通った。途中、誰かに見られていると気付いたが、どうせその人とは二度と会う事は無いだろう、と後ろを振り向かないまま帰路を帰る。
忍足は大事なものを作らない主義だ。
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