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「おいで杏里ー」
千景は満面の笑顔でそう言った。少し離れた場所にはこの家の癒し、もしくは兄弟の紅一点と呼べる少女が机に向かっていそいそと絵を描いている。散らかった紙と錯乱したクレヨンや色鉛筆さえ可愛らしいと思うのは、もやは当たり前のことだった。京平にしてみれば弟妹は可愛い存在であるが、双子の臨也や千景からしてみれば兄は頼れる存在、妹は癒しという見事なブラコンシスコンっぷりである。長女であり末っ子の杏里は可愛いモノがあるのだろう。杏里は欲を言うのが少ない子であるし控え目な所は本当に愛らしい。そんな末っ子にべた惚れな二男三男は、何処に居ても杏里を呼ぶのだ。杏里は嫌がらず小さい足をぽてぽてとさせ、覚束ない足取りをしながら千景の居るソファへやってくる。
「杏里ー、いっぱい描けた?」
千景がそう聞くと杏里は顔を喜ばせ、次は遠慮しがちに目をうるうるとさせた。千景は吃驚して杏里を自分の太股近くに乗っけると撫でながら首を傾げて「どうしたの、」と聞いた。すると杏里は小さな声で恥ずかしそうにぼそぼそと声を出した。
「くれよんのおそらいろが、なくなっちゃ、っ」
泣きそうな声で今にも溢れだしそうな涙を目に溜め、千景は自分を繋ぐ神経が切れた気がした。
お空色というのは、小さい子で言う「水色」の事らしい。千景は杏里をソファに座らせると突然立ち上がる。
「至急、臨也隊員!杏里のモノが紛失しました!」
そう改まって二階まで聞こえそうな大きな言う千景に杏里は小首を傾げる。――――とすると横の階段からどたどたと音がして、ぜいぜいと息を切らしながら黒髪の少年が声を荒げた。
「何をっ、なくし、たって!?」
居間から臨也の部屋までは階段を通じ向かって右の奥にあるため、近いとは言いづらい。その距離から僅か数秒で来た臨也の顔は必死の形相をしていた。
「杏里の大切な大切な水色のクレヨンが無くなりましたであります!」
「うっそ!杏里、ちょっと待ってろお兄ちゃん達が今探してあげるからな!!!」
二人は杏里の頭をぽんぽんと撫でると杏里の絵を描いていた場所の机の下、椅子の下などを探し始めた。その時バイトから帰って来たこの家の長男―――京平が少々驚いた顔をしてやって来た。
「何やってんだお前ら」
頭を抱えながら机に頭隠して尻隠さず状態の千景と、ソファのほんの隙間を箸突いている臨也を見ながら京平は深いため息をついた。京平は夜ご近所のバイトに働いておりその間は臨也や千景が杏里の面倒を見るのを前提で働きに行っている。
京平に千景は掴みにかかると、荒い息を抑えながら言う。
「杏里の、俺の可愛い杏里のクレヨンが一つどっかにいったんだよぉおお」
「・・・・・あのなぁ、お前ら杏里の顔を見てみろよ。何か言いたそうな顔してんだろ」
えっと千景は振り返ると杏里が必死に声を出そうとしている。臨也はすぐに杏里の隣に行くと優しく杏里を撫で、「どうしたの、」と聞いた。千景にしてみれば激しいデジャヴを感じるのだがそこは双子だから仕方ない。
「おそらいろのくれよん、どこかにいっちゃったんじゃなくて、おそらいろのくれよんがみじかくなって、かけなくて、」
杏里はつまり水色のクレヨンが何処かに紛失した訳ではなく、使いすぎて短くなりもう描けないクレヨンをなくなったと言ったのであろう。臨也は勘違いした千景を睨むと杏里を優しく撫でる。京平はまた溜息を吐くと、千景の肩をぽんぽんと叩き京平は台所へと進んで行った。臨也は杏里の隣に座ると、平均男性より高い声を低くして千景に言う。
「千景、後で俺の部屋に来て」
「・・・・はい」
前に、杏里が友達と言って家に連れて来たのは女の子と――――――男。この家のシスコン双子は一瞬で動きを止めた。前々から友達が来る事は聞いていたので女の子だろうと思っていたのだが、まさか男が来るなんてと双子は微妙に賢い脳を働かせていた。女の子の名前は美香ちゃんといい、男の名前は帝人くんと言うらしい。
美香ちゃんと杏里が二階に行った後、ぽつんと残された(女の子の部屋には入らせない美香に言われたため)帝人は出されたオレンジジュースをちびちびと飲んでいた。とするとどかっと帝の両脇に座った双子。笑顔にしては引き攣ったように見えるその顔に、帝人は身体の体温が下がるのを感じていた。
「帝人くんだったけぇ?杏里とはどういう関係なのかなァ?」
「ああ、俺たちは杏里の兄の臨也と千景なんだ。でさ、帝人くんは杏里にとってなんなのかな?」
帝人は二人の恐怖からぷるぷると震えだした。シスコン双子からしてみればこの男の子は杏里に近寄る敵で、そう認識しているため帝人を年下とは思わないことにしている。
「あ、その、あんりちゃんとは、おともだちで・・す」
親から学んだ敬語を頑張って使おうとする帝人に、双子はまたもや怖い顔をした。
「お友達ぃ?ほぉ、杏里と友達ねぇー」
「へー、帝人くんは杏里のともだ、っあだ!」
「痛っ!」
「おいてめぇ等!帝人くんが戸惑ってんだろうが!絡むな!」
ばちこんと双子を新聞紙で叩く京平は二人をひっぺ剥がす。
「だ、だって気になるじゃんか!杏里が男を連れて来たんだよ!?」
「しかも同級生の友達だぜ!?」
「だからなんだ!いいからてめぇ等は自分の部屋に戻れ!」
京平は帝人の頭を優しく撫でると「すまねぇな」と言い二人を連れて二階に上がった京平を見ながら、ぼそりと呟いた。
「かっこいい・・・」
杏里は天使である。この家の癒して的存在。
シスコンな双子が大好きな人の一人であるし、京平の大事な妹でもある。杏里は幸せそうな顔で笑う。幸せですと言うばかりに。
門田家の前途多難な日常 4
終
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