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風通しの良い病室は天候を浴びてゆっくりと男は目を覚ます。黒い髪に黒い瞳は病室のベッドとは反対の色をし太陽の日差しは男の目を細めには少し強すぎたようにも見えた。頭が機能しない、と考えていた時にはもう自分のある記憶が欠落していたことに気付かされる。動きも全部身体が覚えているかのようで実際自分は脳で生きているのではなく、感覚で生きていたのだ。それを知った時男は当然のようにさも当たり前のようにぼそりと咳交じりに吐きだした。
「こいつは、誰だ」
そう手のひらを見ながら言う。容姿で日本人だと分からせる鋭い眼の男――――折原臨也は、現在進行形で記憶障害となってしまったのだ。そんな時病室の扉が開いて人影が見に移り、長身のバーテン服を着た男はおずおずと申し訳なさそうな顔をして唇を噛み締めた。すぅと酸素を出来るだけ多く吸い渋々と頭を下げ声を張り上げる。
「悪ぃ!」
そう謝る男に臨也は驚きつつもへらりと笑った。状況が分からないにしても謝られているということはこちらも返さなければいけないと感じ、自分であったものと目の前の男の接点が分からないまま無邪気に臨也は首を傾げながら、にこやかで且つ軽やかに言う。
「あの、すみません。あなたは、私の知り合いですか」
―――――その瞬間、平和島静雄の生きてきた中で折原臨也と言う存在が死んだ。
ステラ・マリスが処女でなくなった
Everything
折原臨也と言う人間は大変滑稽だった。感じたことを言い相手を貶めるような口調をし、自分を神だと信じているような素振りを見せる、そんな男だ。
―――――三日ほど前折原臨也が重傷と共に病院に運ばれていることが判明した。後頭部を強く打撃し脳の一部に障害が起ったそうだ。医師によると、回復の見込みはないと断言するほど酷いものだったと言う。臨也の病室には人が訪れなく、心配する肉親も友人もまったくと言っていいほど訪れない。その変わり、彼の症状は日に日に悪化していった。もし目が覚めても折原臨也という存在はこの世から消えてなくなり、同姓同名の別人ということになる。臨也は頭を強く打ったその日から、消えてしまっていたのだ。
平和島静雄にとって、折原臨也と言う存在は嫌な意味で大きかった。人生の中の半分は臨也に埋め尽くされているが昔から仲が悪い二人は、顔を見合す事も容易ではない。会いたいとすら思わないその感覚は三日前に無残に壊された。―――――――己の手によって。
静雄は人間を超越した人間だった。臨也は静雄の事を化け物と言った事はあるがそれも外れている訳ではなく、静雄の肉体はより強くなるために強靭な体を作り上げた過程に人間を超越してしまっただけだ。それを化け物と呼ぶ者も居れば喧嘩の為に存在していると言うものも居る。静雄は臨也が嫌いで、相手も自分が嫌いでその所為か会う度に殺し合いに発展した。しかし、自分が死なないから相手も死なないと言う方程式は存在するはずがない。臨也は身軽な一般人で静雄のように強靭な体を持っているわけではない。臨也は性格こそ歪んでいるものの、人間となんら変わりない。怪我をすれば血は出る、事故にあえば重傷を負う。それを忘れた平和島静雄が金属を投げ、折原臨也の後頭部に当てれば気を失うのも当たり前で。
折原臨也が地面に血を流しながら伏した時に平和島静雄は痛感した。「こいつは人間だった」と。
「あの、すみません。あなたは、私の知り合いですか」
臨也はにこやかな笑顔を作りだしながら、純粋な目で静雄に尋ねる。その時にじわりと静雄は胸の底で厭な予感と怒りが同時に生まれた。
「・・・てめぇッ俺をからかってんのか!!!」
病人である臨也の服を掴み精一杯の力を込めて言葉を吐きだした。臨也は咄嗟の事に吃驚してしまい、目の前の男に恐怖を覚えた。絶対的な何とも言えない脅威に臨也は今にも気を失いそうになる。
「すみませッ・・・!!」
殴られると思った瞬間、病室に鈍い音が響き渡った。門田京平がぜいぜいと息を切らしながら自分の拳を握りしめていた。静雄は目を見開きながら自分の頬の痛みを感じ、この状況が掴めずにいた。ただ、自分が殴られたと言う事実だけが静雄に突き刺さる。
「門田!てめぇ何しやが」
「俺は三日前に何が有ったかなんてどうでもいい、知りたくもねぇ。だがな、今この状況で記憶を失っているこいつを殴れる権利なんてねぇよ!さっさと出て行け!」
追い出された静雄は病院の廊下を歩きながら臨也の記憶が無くなった事に静雄は僅かな動揺を見せる。臨也が臨也でないことは自分にとって良い事なのだが、自分の中にもやもやと渦巻く不安が静雄を追い詰めていく。
新羅は臨也のお見舞いに行く所、病院近くの入口で静雄が立ち尽くしている姿を見て溜息を吐いた。絶望に身を縋ったその表情に新羅は静雄の崩壊を感じ取る。
「やぁ、臨也はどうだった?元気にしてたかい?」
「新羅か・・・・・・」
「臨也って確か記憶喪失なんだよね。よかったね静雄君、臨也が臨也では無くなって。君は万々歳だろ?」
「・・・・てめぇ!!!よかねぇだろうが!!!」
「そうやって僕に八つ当たりしても何も解決しないよ。あの時君は鉄骨を投げた事実は変わらないし、そのあと君が何か出来た訳でもないだろう?自分に負い目を感じてるなら、臨也の記憶が無くなったことを真摯に受け止めるべきだ。そんなんも分からないようじゃ、いつまで此処に居ても何も変わりはしない。今の君は前の臨也よりも最低な存在だよ」
新羅の言葉に静雄は胸を抉られるような痛みを患った。ズキズキズキ、新羅の言葉が何よりも正論で静雄は言葉を失い歯を噛み締め拳を血が出るほど握る。自分がしたことから逃げていても変わらないと、新羅は遠回しに言ってきたのだ。臨也にも非はあるが、今の状況は着実に静雄の足場を崩して行った。悪いのは自分自身。
「大丈夫か」
「あ、の・・・助けて下さってありがとうございます・・・」
「別に、気にすんな」
「一つ窺っても・・・?」
臨也は前の下衆の様ではなく慈悲深いような優しげな面持ちの好青年だった。門田は性格が変わるだけでこんなに違うのか、と感心しながら臨也の言葉に頷く。
「折原臨也って、僕の事ですか」
「ああ、そうだ」
「そうですか・・・。いざや、いざや・・・分かりました」
自問のように自分の名前を言い、覚えたとばかりににこやかに笑顔を見せた。いつものような確信した不気味な頬笑みではなく純粋な笑顔に少しの違和感を覚えていたところ、病室のドアが音を立てて開かれ現れたのは花を持った男だった。
「やぁ臨也」
「・・・・?」
「ああ、ごめんごめん記憶喪失だっけ。・・・俺は前の君の友人だよ」
「そう、なんですか」
「うん。あ、花此処に置いとくから後で花瓶に移しておいてね」
「分かりました」
新羅は花を置くと、真剣な目つきで門田を見た。門田も分かっているように目配せに応じて二人は臨也に向き合う。
「臨也が記憶喪失になって狙う輩が多くなると思うね」
「ああ。こいつが街に出歩くのは危険すぎる」
臨也は二人の話しについて行けないまま、二人の話を遠目に聞いていた。自分と言う存在がどういうものかは知らないが記憶を失う前の自分はよほど危ない所で綱渡りをしていたらしい。臨也は賢すぎる脳を働かせていたがそんなことは露知らず二人は話を進めて行く。
「流石にこの姿じゃ有名すぎるから、イメチェンでもさせてみようか」
「それは結構だが、こいつを預かるのはどっちにする?」
「個人的に無理。セルティとの愛の巣が壊されてくのは無理」
「・・・分かった。俺んとこで預かる」
「いいの?」
「ああ。今更一人増えようが構やしねぇよ」
新羅は関心しながらも門田に指を立てた。5本の指を立てながら軽快に目を細めながら、軽やかに笑う。
「五日。臨也が退院出来るのは五日以上かかるよ」
「…分かっている」
その間君は面倒を見れるかい、と新羅は言った。五日以上かかる事は知っているがその後も静雄と取引しなければいけない。――――そんな事を考えている時、大きな足音が聞こえる。その音に新羅はにやりと不敵に微笑んだ。
「さぁ、張本人の登場だ」
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