忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

bsr


政宗は、日曜の日差しの中で、んー、と背を伸ばした。現代の日差しは、昔のギラギラとした光を薄くしていた。それとも、政宗の胸に抱いていた野心が昔の太陽をあそこまでの熱にしていたのだろうか。なんて、馬鹿な事を考えた。
記憶が戻ったのは、八歳の頃だった。ふとした拍子に思い出して、嬉しくて仕方が無い時に、大事な右目であり家臣が居ない事に気づいたのだ。それから、一五年時が過ぎ、二十歳になると共に、政宗は妻を娶った。
妻は前の正室に良く似た、長い黒髪の女性だった。妻は美しい女性であったし、料理上手とまではいかないが、お菓子作りに長けていた。その文、政宗は料理が上手になったし、内心で怖がりながらも南蛮の料理を食べていたりと、平凡な生活を送った。あの時代に平凡、否、平和な幸せなどある事はない。だから、新鮮な気持ちで居るけれど、後ろめたさは存在して、酷く、心が疲弊していた。
そんな政宗を見兼ねた妻は、友人の所に泊まりに行くと言ったので、見送りに玄関に立つ。
「じゃあ、行ってくる」
「おう、じゃあな。気ぃつけてな、いってらっしゃい」
妻は幸せそうに微笑んで、背中を向ける。政宗が一人になる事が好きだと、薄々感じていたのだろう。申し分ない妻に思わず口角が上がった。
政宗は、小腹が空いた、と冷蔵庫を覗き込む。あるのは野菜と、妻が作っていてくれたのだろう炒飯が置いてあった。置き手紙には、晩御飯、とでかでかと書かれていて、思わず苦笑する。空いている腹を騙してソファに横になる。そして、ゆっくり瞼を閉じる。思い浮かぶのは、二十年経っても会えていない、大事な男だ。元気にしているのか、ばかりが気になっていた。


* * *

小十郎という男は、まるで父のようだった。峻厳の眼差しをしながら、戒めるように諫言を吐き出す男であった。だからその分、あんな世で背中を安心して預けられたのであろう。小十郎が「政宗様」と名前を呼べば、身を強張らせて説教を聞いた、安堵もした。胸を撫で下ろすような低い声は、いつも憤慨する政宗を止めるに役立つ。本人は、気付いていないようだったが。
現世の自分は、姿こそ伊達政宗の面影を残していても、ちゃんと両目は残っていたし、声は前よりほんの少し高くなった。そんな俺が、政宗だと分かるのか。答えは否だ。政宗は必死に考える。幸福になれば、年を取ればどんどん無くなっていく記憶を、終わらしたくなどない。
そんな事を考えていたら、腹に思わぬ衝撃が襲い、う、と嗚咽を漏らした。
「父上」
「忠宗か、お前重くなったな」
まだ年の行かない子供が、ぷう、と頬に空気を溜めた。黒髪に釣り目の所は思わず笑ってしまう程、そっくりで。政宗の昔の次男のように名前を付けていても、顔に関しては、梵天丸を沸騰される顔つきだ。
「父上」
「忠宗、何処でそんなのを覚えてきたんだ?」
「…テレビだよ、お父さん。あのね、お母さんいないけど、公園行きたいな」
「公園、か。久しぶりだし、行くか」
息子の脇を掴み、ソファから降ろして頭を撫でる。公園とはいっても、歩いて数分の距離だ。上着を着る必要はないと思い、財布と家の鍵を持って外へ出た。

肌寒い風が、四月の始まりを告げていた。息子の手を引きながら、コンクリートの上を歩く。携帯でも持ってこればよかったが、昔の名残なのか、機械音痴な政宗は使い慣れていなかった。別に、いいか。そう思いながら歩き公園付近に行けば手を振り払ってブランコに走る息子を見て微笑んで、ゆっくりと下を向いた。すれば、息子の、わっ、という言葉が耳に届いて、急いで顔をあげた。男が息子の頭を撫でて微笑んでいる。ああ。ああ、お前は。
「こじゅ、うろ、う」
喉から手が出るような、甘美な響きだった。男は、頬に傷など無かったけれど、こちらを見て優しく微笑んでいた。口から声を出さず、政宗様、と口を動かす。抱きしめたい事を堪えて、走って近寄った。息子は小十郎をじいと見つめて、時に政宗を見た。
「お久しぶりです、政宗様」
「ああ、見ない内に、お前老けたな、」
「それはお互い様でしょうぞ」
息子の背中をぽんぽんと叩き、ブランコに指を指すと、満開の笑顔でそっちに向かって行く。その様子を見ながら、ベンチに腰掛ける。
「小十郎、」
「ここに居ります。……お会いしとう御座いました」
政宗は言葉を出せないまま涙をぐっと堪える。平和な世になったけれど、物足りなかった。ようやく胸の蟠りが消えたけれど、頭を過るのは、前世の事ばかり。
「政宗様。私は政宗様が此方に居る事を知っていました」
「は、」
「けれどその時では無いと思い、避けて居りました。会社の地位を上り詰めたら、政宗様を迎えに行こうと。結局、それに一番気が入って、気付いた頃には、もう遅かった」
小十郎は眉を下げながら政宗の瞳を見遣る。昔と変わらないまま、愛おしそうに、恋に憂う瞳で、政宗を見詰めた。
「貴方様にはちゃんと両目もあれば、妻も、息子も居る。そんな幸福の家族を、この小十郎、壊す事は出来ません。私めは、政宗様の幸せを心から願って居ります故」
悲痛に顔を歪めた小十郎を責める事は出来ない。政宗は頬に伝う涙を感じながら、目を瞑った。妻の事も息子の事も愛している。勿論これを壊す気など無い。
「もう少し、待てば良かったな」
小十郎は物怖じもしなく、当たり前です、と笑った。息子が手を振るので、手を振り返すと、二人は顔を見合わせて笑った。太陽は、やっぱり日差しを強くしている。まるで喜んでいるかのように。

PR

Copyright © 小説用 : All rights reserved

「小説用」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]