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ギン受け

ハァ困ったわ。と相も変わらない笑みで全く表情を崩さない貴方が言ったので、教卓に居る皆が首を傾げる。白衣をヒラヒラと翻し、職員室にプリント忘れてもうた、と頭を掻きながら不貞腐れた顔で告げた白衣の教師に、皆が喜びに浸って大きい声を上げた。イヅルはその中の一人になれないで居る。白衣の教師がこう言う事を口走るのは、つまり、今日の授業は自習である。何よりも面倒臭がりなその男に、持っていた鉛筆を真っ二つに、勢い良く折り曲げてしまった。教師が「どうしたん?」と教卓の目の前に居るイヅルに話しかければ、イヅルは徐に立ち上がり、折れた鉛筆の先で、教師の白過ぎる腕にぶっ刺した。「あいだッ!」 最早そんな事はどうでもいい。誰かこの男を国内指名手配犯してくればそれだけで!



イヅルはむかっ腹を立てながら、ずんずん、と言う重い足音で家のアパートに向かって行く。この御時世なのに家賃は1万円。と言うより、それは食費代に近く、居候という形で居る為に、食費だけは稼がせて下さいと、渋る家主に申し立ててから一週間後、しゃあないわ、と諦めに近い表情で告げられたのである。責任感が強い自分にとっては、寧ろ大っ変有り難い事であった。イヅルはそんな事を思いながら、アパートの安っぽくカンカンと響く階段を上がり、一番端の部屋まで着くと、ポケットに忍ばせておいた鍵を差し込み、ドアノブを開ける。そこから、むあんと湿気が体中に浴びせられ不機嫌を最高潮にしながら、靴を脱いでリビングに向かった。「先生、いいや、兄さん。遊ぶのは大概にしてくださいッ!」 そうドアを開けながら口を開いたので、ソファで寛いでいた兄であり新任教師は、ぽかんと呆けた顔をする。「へ?」「兄さん、僕は不満があります。何故兄さんが教師をするんですか。それにあんな教育態度じゃ、生徒の親にとやかく言われてしまいます」 不満を愚痴にしながら唇を尖らせると、兄はいつも通りの笑みを崩さないまま、「何や心配してくれはるん?」とにまにまと口を動かした。ほう。「兄さんッ、僕はそんな」「ええよええよ、イヅルのは正論やもんねェ。でもイヅルが心配してくれてるならボク嬉しいわぁ」「…心がこもってない」 不貞腐れるイヅルに、兄は立ち上がって優しく頭を撫でる。「また子供扱いですか」「子供って…君、まだ高校生やろ。まだまだ子供や」 その言葉にもっと唇を尖らせるイヅルに、そや、と思い出したかのように人差し指を立てる。「今日、オムライスしよう思てるんやけど、手伝うやろ?」 いつも見えているか分からない細めを薄っすらと開けて、中から覗かせる赤い瞳に、心臓が高鳴り始めた。「手伝い…ます」「えぇ返事や♪」そう上機嫌で笑い台所に向かう兄に、深く溜息を吐く。


兄はアルビノである。または先天性色素欠乏症。その髪や瞳、それに肌。全ての色素が薄く、肌に至っては青白い。そんな兄と兄弟であると知らされたのは、中学二年に入った頃になるだろうか。両親が離婚したのは知っていたし、兄が居る事も見た事は無いが教えられていたが、自分は母親に、兄は父親に引き取られ、その為姓は別々だった為、家を訪れて来た時は、最初はこの人が兄だと、誰も分かっていなかった。
兄は京都住まいだったが、父が事故で亡くなった為に此方に来る事になり、その時初めてお互いの兄弟の顔をきちんと把握出来たのだ。
初めて会った兄は、自分よりも細く他者を寄せ付けないオーラとか、近寄りがたい容姿だった。
勿論それは見た目だけで、嫌われたらどうしよう、という不安は杞憂になり、話して見れば自棄に楽天家だと窺える。寧ろ問題はそこではない。問題は、彼が、自分の学校の教師になっていた事だった。教育免許を一応取って居たらしい兄は、あの学校に御呼ばれしたらしい。まあまあ頭の良いエリート校の筈なのに、兄と来たら、習ってもいない様な難しい問題をテストに出す。小テストなんてお持ち帰り式で、十問しかないそれを「一問でも解けたら内申点あげたるわ」と言いつつ配ったのは、確か大学の問題で、全員が解けなかった筈。そんなこんなで、曲者の兄がこうして、フリフリのエプロンを付けて可愛く飯の支度をしているのか。可笑しくて仕方が無い。「兄さん、手伝います」「あー、後はタマゴで包むだけやからええで。ボク出ていかないけんし」「また…あんな男の所に?」「あんな男って…。一応お得意様やねんけど」「でもあんな、人を家畜みたいに扱う腐れ爺に、兄さんが接待しなくても」「はいはい、早ぅ帰って来るから」「・・・・二時」「二時?ってほんまに言うてる?そんなの無理やわ、無理」「兄さん」「イヅル、ボクの事はええねん、明日も学校やろ、」「兄さん、言いましたよ、ボク。子供扱いしないでくださいって」「イヅル、」 悲しく目を伏せる兄を見詰めると、イヅルはゆっくりと口を開く。溜めていた物を吐き出すという強い意志が、その大きな目に信念を燃やし、兄はこの目が苦手だと言う事を理解してたイヅルは、分かりやすく咳払いした。「ボクは兄さんを家族だと、思った事はありません」「……」「家族とは思えないのには意味があるって言いましたよね」「…イヅル、その線は」「越えたらいけない?…兄さんの言葉なんてもう覚えてしまいました。兄さん、僕は、あなたが、」す、と発音をしようとすると、兄が眉を曲げてイヅルの口を手で覆っている。「あかん、それは本心でも言うたらあかん。イヅルにはイヅルの人生がある。それは錯覚や。ボク等は世間一般から見たら、兄弟なんや。なァ、イヅル、」 辛そうな声を上げる兄を見遣るイヅルの目は大きく開かれている。フライパンからは焦げた臭いがして、兄が慌てて立ち上がった。そして。


「市丸さん、ちょっと台本違う」
「へ?ほんまに?」


周りには部屋のセットと、複数のカメラ機材。市丸は目を丸くしてマネージャーを呼び、台本を手に取った。
「あァーほんまや。世間一般から見たら、やなくて、世間から見ればやったんか」
「ハァ、市丸さん今日NG多過ぎますよ」
「いやあ、分かってんねんけど、後輩相手やと緊張してしまうんやわあ」
ごめんなあ、と言った市丸は頭を小さく掻いて、呆れる後輩を前に威厳を無くして終ったようにしゅんとした。後輩の吉良は、事務所に所属した当初から抜群の人気を誇るモデル兼俳優であり、市丸は俳優業が今は盛んだが、そのルックスから数多くのモデルをこなした、吉良から言えばベテランの大先輩である。そんな彼らが、何故近親相姦で男性同士の恋愛を描く映画に参加したのか。それに加え彼らの本名であり芸名がそのまま使われるという映画を、面白そうだから、という理由で内容を見ず許可をし、プロデューサーから弟役は誰が良いかと言う質問に他愛も無く、吉良イヅル、と言ってしまったのであった。
「もう、市丸さんったら。僕を指名してくれた事は嬉しいんですけど、NG多過ぎです。これからキスシーンもあるんですよ?」
「そうやったっけ?」
「まさか…台本読んでないんですか?」
「よ、読んでるで。さっき覚えたしちゃんと読んでる…で…?」
吉良は深く溜息を付く。初めて憧れの市丸と共演だと言うのに、相手がこれでは気が滅入ってしまう。気が滅入る、というのは、キスシーンがあると言っても顔も赤くしないこの人に、だ。吉良が憧れた市丸と言うのは、たった一言声を出すだけで辺りを恍惚にさせ、一足出すだけで辺りを圧倒する存在感の、憧れのモデルなのだ。それが今音を立てて崩れて行く。けれど、こんな映画なのだ。意識してしまわないと言う方が、異常な気がした。
「ほら、テークやり直しますよ」
市丸はそう言いながら、手を伸ばす吉良を見詰める。サラサラと靡く細い髪。人懐っこそうに整った顔。純粋なのだ。こいつが作る表情は。ああ、ベットシーンがなくて良かった、と常々思う。高校生役の吉良を色気で誘う教師役の自分。ベッドシーンが有ったのなら、高校生のイヅルも、目の前の吉良も汚してしまいそうな気がした。
「ほな、やろか」
そう言って手を取り合い、狭い部屋のセットで最初の位置に戻ると、切り替わる吉良の顔を見て、流石期待の株やなぁ、と何処か心遠く、そんな事を思う。吉良もまた、似たような事を思っていたなんて、この頃の二人には想像も出来なかった。


恋愛シナジーティック


「………」
「ご、ごめん許してぇな。吉良とのキスが嫌な訳やないねん、」
「…じゃあなんで避けるんですか?」
「いや、顔が勝手に・・・・」



11.11.27 如月
(イヅギンの慣れ初め。お互い意識しまくりですが恋とは気付いていない二人)

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